前回の更新から、3年。ここが残っていること自体が奇跡に近い。
何か自分が不安定だと書きたくなる自分がいることに気づく。思えばこの3年間住処として地に足をつけて接してきたこの家を語る頃なのかも知れない。 毎日、この家を褒めたり不満をぶつけたりやってきた仲じゃないか。。。 宮脇檀の住宅設計テキストというのは結構有名な本なのだろう。(まゆみの漢字が微妙に違うようだが出てこないしAmazonとかでもこれなのでご勘弁を)
他の本から誘導されるようにこの筆者の名前に行き当たったので、その中で一番有名そうな本を購入してみたのがこれである。 建築関係に携わっている方には当たり前もしくは異論はあってもそういう考えもある、というようなものなのだろうが、素人にとっては特に理系な発想の人間には大変わかりやすく何だかすんなり納得してしまういわゆるハウツー本だと思った。ありそうで他や雑誌には無い内容。ひとつひとつ理詰めで考えたい理系としてはこういうのがうれしい。 建築する人はこういうことを頭において設計をするのだろう。どうりで素人が間取りソフトで作ったもしくは単なる建売とは違うわけだ、というのが読み終わった第一印象。 そういう眼で今まで読んできた雑誌の家を眺めてみると、気に入った空間とかにはどこかしらそういう類の理論があることに気付く。明るい家がいいから南側に大きく窓がいっぱいあればいいというわけでもトップライトをやたらつければよいというものでもないし、空間も広ければよいというものではない。 これは到底、素人には無理だな(早く気付けよ・・・)と思った。大きな希望を伝えてそれを理論・経験から実際に住み良い家に変換するのが建築士の仕事なのだ。そういう関係で頼める人であるべきだと意味もなく深くうなずいたのであった。 深い庇、効果的なトップライト、天井高の考え方など、共感できたもののいくつかは設計の中で提案され実現された。設計士と別にこの本の話はしていないのだが同じ視点で家を考えてくれていたのだろう。 今読み返してみると、実際に建った今でこそ意味が理解できたことも多い。それは追々。 嗜好が合わないならしょうがないが、私の場合は家に対するイメージがとても合っていたのでツボに嵌った本だった。 #蛇足ならが、映画「みんなの家」のネタに使われていた内開きの玄関もここに載っている。 まとまりがないが、本の話も今回で一区切り。他に頭に残らなかったもしくは気に入らなかった本も多々あるのだがそれは別の話。 年明けなのでせめて近況を。
家を建てようと決めてから約2年、マンション売却、仮住まいから始めてとうとう完成が近づいてきた。正確には既に受け渡しは形式上終わっているのだが、まだ残工事がこちらの都合・あちらの都合合わせてかなり残っている。というわけでまだ完成したという実感はまだまだなのだが。 とは言え、建築士の図面を穴があくほど眺めながら想像していた家が、そして基礎が出来たときはその狭さに不安を隠しきれなかった家が、そのあと柱や壁が出来て空間として見えてきて、最終的には壁紙や造作家具が加えられて完成に近づく家になったとき、想像以上の空間とそこに身を置く心地よさに素直に本当によかったと思った。 さて、今年はその家をこれから育てていく第一歩となる。Blog的にはなかなか現実に追いついていかないが、この家造りの記憶を留めるべく忘却の彼方にならぬよう、初心に帰りきちんと記しておかねばと、新年に思うのであった。 本年もよろしくお願い致します。 前回紹介した「間取りがよい小住宅を作りたい」の中で大きく印象に残ったのが3つ。
1つ目は以前に話題にした堀部安嗣の作品。決して派手ではなく奇をてらった仕掛けもないのだが、部分のひとつひとつがよくできている(としか表現できないのが情けない)。木の使い方や間取りの考え方などがとても自分に合っている気がした。所謂、惚れたというやつか。特に光の取り入れ方や木を使うバランスや色合い、決して広いとか窓が大きいとかいうものでなくどちらかというと禁欲の中で落ち着く解というのもあるのだと思った。 2つ目は益子義弘の築ウン十年というもの。家は使い込んでどんどんよくなるものなのだ、と思わせたきっかけになった。そう言えばハウスメーカーやマンションなどでは考えられないのはこういうところではないのか。出来た瞬間がピークでなく、その後の家の変化と共に味がでてどんどんよくなっていく、そういう家が欲しいと思った。 結果的に上記2点に家作りの方向性が行ったことを考えるとめぐり合えてよかった本なのだと思う。そうでなければどこか奥歯にものが挟まったような気持ち悪さが残ったのではないか。 つまり ・小さくてもくつろげる空間、派手でなくても落ち着けて心地よい空間の作り ・住むほどに味が出る家 これらが建てたい家なのだ。 さて、この本の後ろの間取りに関する記事にやたらに「宮脇檀」という名前が出てくる。何やらやたら納得できる理論が載っている。当たり前なのだが間取りにも理論があるのだ。 それにしてもこの人は誰なのか。そうやって、きっと素人が通る定番の本に今更ながら行き着くのであった。 それはまた来年・・・
今思うと家造りの方向性を考える上に影響を受けたと思える本がいくつかある。
何となく最初の頃は前出の「新しい住まいの設計」を眺めたり、ハウスメーカーのパンフレットを眺めてたりしながら、イメージを膨らませていた。その頃は漠然と当時ちょうどハウスメーカーでも流行りだした「シンプルモダン」と言われる商品のテイストが好きだった。ミサワとかエス・バイ・エルとかそういうやつだ。吹き抜けリビング、リビング階段、ロフト、中庭などのキーワードとシンプルな外観の商品。でも、それらが狭小住宅としてどんなものになるのか実感できる場はなかった。展示場には大きな住宅しかないわけで。 そんな中、写真からイメージしているものと現実のギャップが大きくあることに気付かされた出来事が、上記のようなハウスメーカーの建売前提にしたモデルハウスへの見学。パンフレットと全く同じ間取りであったものだが、全く印象が異なる。パンフレットではオープンで広く見えた白くて開放的なリビングが、実際は落ち着かなくて寒々しい印象に写った。またそんなにシンプルでもモダンでもなくちょっと素材と色合いと間取りを変えただけの住宅、そんな失望感を持った。 そんな時期にたまたま手にとって購入した本が「間取りがよい小住宅を作りたい―小さな家のアイディア集」(世界文化社)。そうそう、日本の住宅というのはこういうものなのだ、という地味だが王道の作品が載っている。何だかとても安心する家達である。あのモデルハウスでの落ち着かないものとは対照にあるような家。 今思うとこの本で受けた印象が今の家造りに求めるものの原点になっている気がする。 具体的にこの本で印象に残ったものは、また次回に。 家造りも、間取りや構造が気になる段階から、次は内装とかインテリアとか照明とか、壁や床の素材とかそういうものに目が行く段階に至る。
そういう中での雑誌遍歴としては、今はその最終段階(?)にありこの頃よく購読するものが2つ。 ひとつめは「Confort」(建築資料研究社)。以前書いたが、ある好きな建築家が特集で載っていたのを知って購入したのが最初だった。 発行元からして何だか玄人っぽいこともあるが、内容も落ち着いてじっくり読める記事が多い。インテリア関係も含まれていて、タイミング的にとてもしっくりきてしまい今でも内容次第で買ってしまう一誌である。最近も木の種類の特集とかあったりで大変参考になった。まあ、所詮「その気になる」止まりなのであるが。あまり見かけないので知らなかったのだが、専門誌扱いで置いてある所には置いてあると思われる。 もうひとつが、「I'm home」(商店建築社)。更に玄人的な発行元であるが、内容は上記Confortとはだいぶ傾向が異なる。どちらかと言えば、ブルジョア系。「何だかすごいな。でもありえない」と思う住宅がたくさん掲載されている。ということで読む方としても参考になるというよりは、こういう世界もあるのだなとため息をつきながら空想だけして満足する雑誌。そんな雑誌のどこに惹かれて購入するのか、と考えてみるとよくわからない。ただ、さすがに専門誌だけあって、出てくるインテリアや素材・設備などの情報はきちんと掲載されている。貧乏人はこれを参考に似非インテリアに走るのである。 こう書いていて思うのだが、生来の性格かどうもどんどんマニアックな方向に走る傾向がある。そのうち「室内」とかそういう雑誌に移っていかなければよいのだが(既に立ち読みはするけど)・・・ 「新しい住まいの設計」の次にたどり着く雑誌は何か?
それは、「ニューハウス」(ニューハウス出版)である。かどうかは知らないが、同じ月間誌で発売日も同じ。ターゲットユーザーもほぼ同じで、主に建築士と戸建を建てたい人向け。ただ、本屋で見かける頻度は出版社のせいなのか少ない。私もそのために最初は目がいかなかった。ついでに言えば、ちょっとマイナーな雰囲気。特集も住まいの設計同様、何回かでぐるぐる回っているのだが、テーマのネーミングや記事が少し住宅の専門誌っぽい雰囲気がある。ちょっと強引だが、週刊コミックで言えば、スピリッツとモーニングの違いか?(と言っても、もう十年以上こういう雑誌読んでいないので違うかも・・・) 私の場合、住まいの設計の特集が1巡か2巡して飽きてきた頃に手に取ったのがこの雑誌だった。何となくちょっと大人になった感じがした。掲載されている物件も気をてらったデザイナー住宅というよりは、(よい意味で)普通の家が多く、実際には参考になることも多かった。少し自然派っぽい方向に偏ってはいるのだが、それも志向としては合っていたこともあるかも。 実は、私にとってこの雑誌が新しい住まいの設計よりも一番よいと密かに思っていたのは、キッチンや水周りなどの設備がどこのメーカーであるかが物件ごとに載っている、というところにあった。本当どうでもよいことなのだがなぜかそれがうれしかった。読んでいた頃の家に対する興味が、間取りから設備に変わってきてた頃でもあったのでそういう細かいことが気になっただけなのだろうが。 さて、と言ってもこの雑誌も1巡か2巡購読すれば飽きてしまう。この頃になるとさすがに月間誌を毎回買うのには飽きてきた。 ということで更に浮気していくわけだが、今現在毎回楽しみにしている雑誌は2つある。それは次回で。 自分で戸建を建てようと思うなら一度は手にしてみるのではないか、というまさにそこのユーザー向けの雑誌の王道は「新・住まいの設計」ではないだろうか。
右も左もわからずに、自由設計な家、とか思っていた頃に手に取ったのがこの雑誌だった。特集は「バス・キッチン」。開放的なバスにあこがれて戸建で自分の好きな家を建てたいと思い立った自分としてはこれはかなりのインパクトがあった。正直な感想は「一歩踏み出せばこういう家を建てるのもありなのだ・・・」ということだ。今までマンションや建売の間取りばかりを目にしながらしっくりきていなかった視点から見ればまさに「目から鱗」である。今読み直してみるとその記事に載っているもの自体がよいかと言えば「?」であるが、まずはそういう世界はありなのだ(しかも金持ちでなくても)という実感が沸く雑誌なのだと思う。 思えば昔から雑誌に出ている「お宅拝見」的なAVルームとか「自分らしいワンルームにする」みたいな特集とかを眺めて妄想を膨らませていた体験の家そのもの版、なのだと思われる。 さてこの雑誌、よく眺めれば(他も似たり寄ったりだが)約6ヶ月周期で特集が回っている。おかげでバス特集はすでに手元に何冊もある。当初は毎月購入していたがさすがに1年ほどで飽きてしまった。でも、この雑誌の中(もしくは別冊含む)で気に入った間取りとか、素材とか色合いとかを切り抜いてみたりして、その結果自分が求めているもののイメージを固めることができたという意味でもとてもありがたい雑誌なのである。
何事でもそうなのだが何か購入しようとか作ろうとかする場合、私はまず情報を集めまくる。そして自分の中でイメージをつくっていきそういう中で自分の好きなもの・嫌いなものがだんだんはっきりしてくる。こういうことを何日も何日もイメージしていくうちに(単に楽しいから夜な夜なつい考えてしまうだけだが・・・)、何か心地よい場面のイメージが浮かんでくるのだ。それが求める目標のベースになっていく気がする。
こう書くとなんだか胡散臭い感もあるが、高い買い物になればなるほどこの過程を通る。もとより何でも自由に買える境遇ではないのでまずは想像&創造で盛り上がるのだ。梅干を見ながら白飯を食らうようなものか? さて、本題。家を建てるイメージを膨らませる情報を得る手段であるが、まずは本である。他にはパンフレットとか展示場とかWebだとかあるが、本や雑誌にかなうものはない(自分の場合)。今回はまず雑誌変遷の第1話。 一番最初に「おっ、家を建てるってこういう楽しみがあるんだ」と強く思ったのが、「男の隠れ家」(あいであらいふ社)のDen特集。この雑誌は中高年のライフスタイル情報誌とのコメントがあるが、つまりおっさんか。まあいい。特集自体は階段の踊り場を書斎にしたり、トイレが書斎とかの変わったものも多数あったが、ともかく「何か普通の人でも家を建てられるのではないか」と強く心を動かされたきっかけだった。それまでは遠い世界の話だと思っていたので。つまりなんだか趣味の延長に家作りというもあるのではないか、という感覚を持ってしまったのだ。 それから通る道は定番の雑誌へと向かう。次回へ続く。
結局、設計士はWebで探した仕組みを使ってその中から一人選ぶという形をとったが、この手の依頼について思うことを数点。このカテゴリーの最後として。
まず躊躇せずいろいろ設計士にコンタクトしてみる事。 何度も書いているが、なかなかイメージもあり敷居が高い気がするが今となってはなんで早く行動しなかったかと思うほどだ。今時はその手の情報も本やWebにもたくさんあるしそんなに特殊なことでなくなっている。思い切るべし。 設計士にコンタクトするタイミング これは失敗だった。土地探しの前にすべきだった。なぜなら その土地に希望のものが建つか、法律的な制約はなにか、地盤はどうか。一通りこういうことは自分でも押さえていたつもりだったが、やはり素人とプロでは視点が百倍違う。希望を伝えながらそれに合う土地を一緒に探していくというのは、時間が許せば通るべき道だ。やりとりしている間に本当の希望が何だったかわかってくる、というのもある。やはり何も知らない素人の浅はかさだけで突っ走るよりは客観的で専門的な意見がこういうときには大切なのだ。最終判断はもちろん施主だが視野が広がる。 設計士の作品を見る 前にも書いたがこれは重要だと今更ながら振り返って思う。いくら優れた設計士であっても、感性が合っていないとどうにもならない。心地よいと思うところがなるべく近い方が、出来上がりの全体像で大きくずれることがない。なぜなら全ての好みを伝えることはできないし、そもそも「全て」がなにか施主は把握できないからだ。間取りや材質、色などは伝えられても、空間の空気を表現して伝えることは難しい。だから、その作品からそれを感じ取る必要があると考える。 と書いてみたものの、まだ施工途中。後でこの文章を見てどう感じるか。それはわからないのだが・・・
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